漫画原作者のヲヲクラゲです。
私が最も得意とするのは、漫画の物語の作り方です。
いわゆるネーム(プロット、ストーリー、構成含む)というものですね。
幼少期より何百とネームを書いてきた経験と、数多のネーム・シナリオ技術書籍を読んで得たヒントをまとめて、私独自の「ネームの書き方ノート」を作成しています。
これからその中身を是非ご覧頂きたいです。
というのも、漫画が面白いかどうかというのは、ネームの出来でほぼ決まります。いくら絵を上手く書いても、ネームが支離滅裂であれば読者は納得してくれません。
今回は、私のノートから漫画を描く上での【大前提】に関する記事を公開していきます。
変化
漫画で一番大事なのは、「変化」だと思います。
なぜ変化が漫画には必要なのでしょうか?
以下で説明していきます。
変化について
これが物語だったとしたら何も面白くないですね。
ただただ悪いことばかりが続き、変化に乏しいからです。登場人物は何も解決していませんし、何の成長もしていません。それでは感動や驚き、面白さを伝えることが出来ません。
そして変化するのには必ず「原因」があります。原因は自然なモノにしましょう。
あいつのことが嫌い
↓
落ちたペンを拾ってくれる
↓
嫌いだったがちょっと見直す
この感情の変化であればなんとなく共感できると思いますが、
あいつのことが嫌い
↓
すれ違った時にお互い目を合わせない
↓
嫌いだったがちょっと見直す
この感情の変化に深い意味が隠されているのであれば面白いですが、意味がなければ読者の共感が得られず不快な思いをさせてしまいます。
効果的な方法
変化を際立たせる、効果的な方法としては、変化する前の姿をしっかりと描くことです。
例えば、「冷静」な性格の主人公が、「目を見開き、落ち着きがなくなる」といった変化をする漫画があった場合、まずは変化前である「冷静」な性格を描写しておきましょう。
- 近くで花瓶が落ちて割れても、振り返りすらしない
- 不良に喧嘩をふっかけられても、顔色ひとつ変えない
- 勝負事で負けそうになっても、冷や汗を流さず、逆転の一手を淡々と考えている
- 他人の評価だけでなく、自己の長所・短所の分析も的確に出来る
など、具体的な描写を入れるようにしておくと良いです。
そして、変化後の姿は「目を見開き、落ち着きがなくなる」なのですが、「変化」には「原因」が必要でしたね。
冷静な主人公が感情的な行動を起こす場合、
- 大切な仲間や家族が傷つけられる
- 過去のトラウマが呼び起こされる
- あるコンプレックスを刺激される
- 苦手な生き物に出会う(ギャグ系)
などが原因として挙げられます。より具体的に、衝撃的に描くようにしましょう。
ここでポイントとなるのは、これらの事件があったとしても「性格の変化」は生じない、ということです。
基本的に、「性格」は作中を通して変化することはほとんどありません。人間の性格は先天性の要因も多く、ちょっとやそっとでは変化しないように出来ています。冷静な性格だったのが、急に「落ち着きのない性格」になることはありえません。
端的に言えば、冷静な主人公が、冷静でいられなくなると面白いです。
他にも、
- やさしい性格の人物が、やさしくない事をする。
- 優柔不断な人物が、ある決断を下す。
- 怒りっぽい人間が、すべてを許容する。
大きな感情の変化によって、本来の性格どおりの行動が取れなくなれば、面白いのです。自分の性格と全く違うことを、自分自身がやっている…、これほど不安なことはありません。しかし、感情的になった時は、誰しも本来の性格から逸脱したような行動を取ります。
その葛藤と苦悩を表現することで、読者が引き込まれていくのです。
人物の感情を変化させ続けて、普段の行動をも変化させていきましょう。その瞬間に、人物の葛藤と苦悩の深さを、読者は覗き見ることが出来ます。これが漫画の醍醐味です。
登場人物全員が変化
主人公は作中で出番も多く、様々な人や事件と関わり、生活のすべてを描くため変化を描きやすいと思います。そして、作中に登場する他の人物も、その世界で生きているため、彼らも刻一刻と変化しているはずです。
主人公だけが変化して、他の人物が不変というのは不自然な世界です。
シンプル
作者の頭の中には、描きたいことが山ほどあるものです。こだわり抜いた設定や世界観、様々な背景を持ったキャラクターがたくさんいるでしょう。それはとても素晴らしいことですが、それらを総動員すると、読者は理解が出来なくなります。
主人公は元自衛官の青年。怪獣に襲われた街に暮らしていた。彼は怪獣に駆け寄り、怪獣の尻尾の色に興味を示していた。一方、アメリカでは毒ガス事件が相次いでいた。謎の美少女が巨大な龍を操り、メキシコからアメリカを侵略していた。また、モスクワでは若き大統領に翼が生えて宇宙からドイツを攻撃した。アメリカはチリへと空爆を開始していた。実は、主人公の元自衛官はアメリカ大統領のクローンであり、謎の美少女はアメリカ大統領の孫であった。複雑に絡み合う世界情勢と怪獣と龍と宇宙からの攻撃、そして主人公の自衛官。自衛官はお金儲けにも興味があった。彼の持つ圧倒的超能力とは一体!?
この例文のように、色々な情報が脈絡もなく散りばめられると、読者は混乱してしまいます。これを漫画化したとしても、主人公の動機も目的もよく分からず、テーマが何なのか、何を解決すればこの物語は終わるのか、さっぱり分かりません。
以下では、読者が受け入れやすい、シンプルな漫画にするためのコツをご紹介します。
目的・欲求は単純
作中の主要人物たちは何らかの「目的」を持って行動を起こします。
目的はシンプルな方が読者に受け入れられやすいでしょう。
- 10億円を手に入れたい
- Aさんと結婚したい
- 嫌なアイツを排除したい
- 美味しいあの料理を食べたい
- 部活で優勝したい
- テストで一番になりたい
このように、誰もが一度は経験したことがある目的を、キャラクターには備えさせましょう。
- 特に寒くはないけど、服をたくさん着込みたい
- トイレットペーパーをドブに捨てたい
- 学校に行っていじめられたい
- 宇宙を支配して生まれ変わりたい
上記した目的は、一般的には理解されづらいでしょう。それを漫画のキャラクターに持たせてしまうと、キャラクターの行動が意味不明で読者はついて来られません。
仮に、これらの目的に深い意味があったとしても、それを説明するために多くの文字を費やしてしまいます。漫画は文字が多くなりすぎると、読者は飽きて離れていってしまいます。よほど面白い意味がない限りは、目的はシンプルにしましょう。
「目的の成り立ちはシンプルに、葛藤は複雑に」しましょう。
※葛藤の描き方は後述します。
そもそも、目的の元となっている原動力は「本能的欲求」の場合がほとんどです。
例えば、あるキャラクターの目的が「10億円を手に入れたい」だったとすれば、
Q.なぜ10億円を手に入れたいのか?
A.10億円あれば働かなくてもいいから
Q.なぜ働きたくないのか?
A.会社が嫌だから
Q.なぜ会社が嫌なのか?
A.残業が多いから
Q.なぜ残業が多いと嫌なのか?
A.残業が多いと、寝不足になるから
Q.なぜ寝不足になると嫌なのか?
A.体が辛いから
といった具合に、「10億円を手に入れたい」のはなぜか?を突き詰めていけば、最後は「体が辛い」という答えに辿りつきます。体が辛いのは、誰もが嫌がることですよね。その対症療法は「寝ること」です。これは本能的な欲求(睡眠欲)のひとつです。
このように、「目的」を掘り進んで行けば、最深層には本能的な欲求が横たわっています。本能的な欲求は、誰もが理解できるシンプルなものです。ゆえにそこから表出される目的も複雑なものにはなりづらいのです。
仮に複雑な「目的」を設定したとしても、それは不自然に見えてしまい、読者に共感してもらえないのです。
アイデアは少し
基本的に、あらゆる漫画は、他の作品に影響されていると思います。丸パクりはNGですが、参考にしてオリジナリティを出していくぐらいであれば問題ありません。元の作品を踏み台にして、もっと面白く、時代に合った作品が出来上がることもあるでしょう。
売れている作品が受けているのは、読者が共感し、面白いと思えるからです。それらの作品には面白いと思わせる「構成・演出」のパターンがそれぞれあります。パターンを全て外して、面白いモノを作るというのは至難の業です。
よって、基本的には売れている作品に類するモノを作った方が良いでしょう。売れている作品には、面白くなる要素が詰まっているからです。ただし、何かひとつ「アイデア」が必要です。
ドラゴンボールっぽいバトル漫画の主人公が「マクロ経済学の天才教授」だったり、何でも良いです。何がヒットするかは誰も分かりません。しかし、基礎的な構成や演出はしっかり作っておきましょう。 ※構成・演出方法の詳細(←リンク先)。
また、「アイデア」は多すぎてもダメです。ひとつで十分です。例えば、ドラゴンボールに「マクロ経済学の天才教授」と「ラグビーの熱血部活物」「ドロドロの恋愛四角形」の話を入れると、さすがに読者は置いてきぼりになります。
面白そうなアイデアや設定を複数組み込むのは要注意です。
群像劇✖
群像劇というのは、主人公を複数人用意し、それぞれのキャラクターのストーリーを並行して進めます。また、エピソード毎に焦点を当てるキャラクターを変えていったりする手法です。
群像劇で面白い作品も沢山ありますが、慣れないうちは扱わない方が良いでしょう。情報量が多くなりすぎて、読者が付いてこられなくなります。
短いシーンで、キャラクターを強烈に印象付ける技術がない場合、読者はどのキャラクターにも共感・愛着が湧かずに読むのを辞めてしまうでしょう。
葛藤
漫画に必要不可欠なものは、主人公の「葛藤」でしょう。
葛藤というのは端的に言えば「困っている状態」です。「ああしよう、いやこうしよう…」、「あれがしたいけど、できない…」。主人公が目標に向かってはいるが、思い通りに達成できない困った状態が葛藤なのです。
例えば、主人公が、好きな人に告白する場合です。
読者はきっと、告白前に緊張したり、悩んだり、色々とシミュレーションを繰り返したりしたはずです。そういった自分と同じ体験をしている人物を客観的に見て、果たしてどうやって切り抜けるのか、もし失敗したらその後どうするのか、に興味があるのです。
あれかこれかの迷い
葛藤の生じ方のひとつ目は、あれかこれかと迷わせることです。
Aさんに告白するにあたって
Aさんのことが好きだ、告白したい
↓
でも勇気が出ない
↓
でも明日卒業だから今しかない
↓
でも振られたら友達としてもこれからやっていけいない
↓
でもどうしても好きだから告白しなければ
↓
でもAさんには他に好きな人がいるだろうし…
と「でもでもでも」と心の中で迷い続けるのです。「やろうと思えば今すぐ出来ること」を、あれこれ迷ってしまうことが重要です。
- 挨拶すれば良いと分かっているのに、でも挨拶できない
- 謝れば良いのが分かっているのに、でも謝れない
- アイツの本心を聞きたいけど、でも関係が終わりそうで聞くことができない
- 試験の結果をネットで見たいけど、でも勇気が出ない
など、やろうと思えばすぐ実行できることばかりなのですが、それが出来ない「もどかしさ」がリアリティがあって、読者の共感が得られるポイントなのです。
困難に直面
葛藤の生じさせ方のふたつ目は、主人公を「困難に直面」させることです。
主人公の欲求を満たすモノを得るまでに、様々な障害を用意すればいいだけです。
Aさんと付き合いたい、告白しよう!そう思った主人公だが、その日、Aさんは行方不明となる。Aさんを探すが、
- 情報を知っていそうな人たちに、暴力的に妨害されたり
- 騙されて違うところを教えられたり
- 罠にかけられて脱出できなかったり
- 告白するライバルが現れて邪魔をされたり
- あるいは溺れている犬を助けたがためにAさんを見つけられなかったり…etc
何でも良いのですが、物理的な障害により目標が達成できないように仕向けるのです。手の届くところでいつも邪魔が入り、主人公はイライラとし続けるのです。どちらかというと、コメディタッチになるかもしれません。
作者のすべて
面白い漫画を描く大前提として、作者の心構えも見直す必要があるかもしれません。作品は筆から生まれますが、その筆を動かすのは作者の心です。どういった心構えで作品に取り掛かれば良いでしょうか。
出し惜しみ
ひとつの作品を作る際に、その作品に必要と思うエピソードやアイデア、表現方法はすべて注ぎ込みましょう。「他の作品で使いそうだから、このエピソードは残しておこう」等と考えてはいけません。作者のエピソードが例えすべて枯渇したとしても、その作品に必要であれば注ぎ込みます。
何度も何度も訂正
丸1週間かけて描いたモノであっても、面白くなければボツにして、何度も何度も新しく描き直しましょう。これは作家であれば避けては通れない道です。あなただけが何度も描き直している訳ではありません。
それが必ずしも悪いことではありませんが、効率的に漫画を描きたければ、ダメと思ったものはすぐに描き直しましょう。急がば回れです。
忘れない
プロット・ネームを書いている際には、目につく場所に
- 「全員が変化する」
- 「すべてはシンプルに」
- 「葛藤し続ける」
とメモを貼っておきましょう。これら3つの要素はとても大事ですが、ついつい忘れてしまいます。メモを見ることで、反省し、硬直的で面白みのないストーリーになることを予防してくれます。
調べ物
漫画を描いていて、分からない事は沢山出てくると思います。例えば、車の構造だったり、行政のしくみであったり、ある職業の内容だったり、歴史であったり、外国の生活であったり色々分からない事はあるはずです。
もし、漫画にとって必要な情報があるのであれば、しっかりと調べましょう。調べるのは億劫ですが、ネットや図書館、詳しい人に聞いたり、取材に行ったりしてキチンと調べると作品が突如として面白くなります。
まとめ
漫画を面白くする【大前提】は
- 変化する!…性格と違った行動をするまで、感情を揺さぶり続ける!
- シンプル!…不必要な情報は出さない。目的と欲求はシンプルに。そして構成をひねり過ぎない!
- 葛藤する!…すぐ出来そうなことなのに、あれかこれかと迷ったり、困難に直面し続ける!
- 心構え!…すべてを出し切り、何度も描き直し、しっかり調べ物をしよう!
次回は、「キャラクターに魂を宿す!主人公たちの創り方!」です。宜しくお願い致します。
参考書籍
※以下が参考書籍です。といっても、私の経験と独自の解釈で記事を作成しているため、書籍に書かれている内容と相違がある場合が多々あります。ご了承下さい。
SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術 (日本語) 単行本
ブレイク・スナイダー (著), 菊池淳子 (翻訳)
シナリオの基礎技術 単行本
新井 一 (著)
映画 テレビ シナリオの技術 単行本
新井 一 (著)
いきなりドラマを面白くするシナリオ錬金術 (「シナリオ教室」シリーズ) 単行本
浅田 直亮 (著), 西 純子 (イラスト)
テンプレート式 超ショート小説の書き方 (日本語) 単行本(ソフトカバー)
高橋フミアキ (著)
1週間でマスター 斉藤ひろしのシナリオ教室 (日本語) 単行本(ソフトカバー)
斉藤 ひろし (著)
「物語」のつくり方入門 7つのレッスン (日本語) 単行本(ソフトカバー)
円山夢久 (著)
喜劇の手法 笑いのしくみを探る (集英社新書) (日本語) 新書
喜志 哲雄 (著)
「分かりやすい表現」の技術―意図を正しく伝えるための16のルール (ブルーバックス) (日本語) 新書
藤沢 晃治 (著)
作文がすらすら書けちゃう本―宮川俊彦のノリノリ授業 (ドラゼミ・ドラネットブックス) (日本語) 単行本
宮川 俊彦 (著)
表現の技術 (中公文庫) (日本語) 文庫
髙崎 卓馬 (著)
マンガの描き方―似顔絵から長編まで (知恵の森文庫) (日本語) 文庫
手塚 治虫 (著)
人を惹きつける技術 -カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方- (講談社+α新書) (日本語) 新書
小池 一夫 (著)
まんが家になろう! (ワンダーランドスタディブックス) (日本語) 単行本
飯塚 裕之 (編集)
マンガ編集者が語るおもしろさの創り方 (日本語) 単行本
八窪 頼明 (著)
漫々快々―みんなのマンガがもっとよくなる (Comickersテクニックブック) 単行本(ソフトカバー)
菅野 博之 (著), 唐沢 よしこ (著)
漫画のスキマ―マンガのツボがここにある! (Comickersテクニックブック) 単行本(ソフトカバー)
菅野 博之 (著)
快描教室―きもちよ~く絵を描こう! マンガの悩みを一刀両断!! ComickersMOOK 単行本
菅野 博士 (著), 唐沢 よしこ (著)
マンガのマンガ 初心者のためのマンガの描き方ガイド コマ割りの基礎編 コミック
かとうひろし (著)
漫画バイブル2構図破り編 単行本(ソフトカバー)
田中道信 (監修), えんぴつ倶楽部 (イラスト)
漫画バイブル5コマ割り映画技法編 単行本(ソフトカバー)
塚本博義 (監修), えんぴつ倶楽部 (イラスト)
マンガ基礎テクニック講座 大型本
美術出版社
マンガ応用テクニック講座 単行本
美術出版社
他多数。