アドラー心理学において、「目的論(Teleology)」は人間理解の根幹を成す重要な考え方です。
人間は静止した存在ではなく、常に「becoming(なりつつある)」、つまり変化し、成長し続ける存在である——アドラーはこのように人間を捉えました。
この記事では、アドラーが説く目的論の本質に迫り、私たちが日常生活でどのようにこの考え方を活かせるかについて詳しく解説します。
アドラーの「目的論」概説:どこから来たかではなく、どこへ向かうか
アドラーは次のように述べています。
「人はどこから来るのかということしか知らなければ、どんな行動が人を特徴づけるか知ることは決してない。しかし、どこに向かっていくかを知れば、どちらに踏み出すか、目標に向けてどんな行動をするか表現することができる。」
つまり、私たちの行動を本当に理解するためには、過去に何があったかだけを分析するのでは不十分であり、
「未来に何を目指しているのか」という視点が欠かせない、ということです。
アドラー心理学では、人間は「なりたい自分」「達成したい目標」に向かって、自らを形作り続ける存在だと考えます。
静止した存在ではなく、常に「変化し続ける存在」として捉えるこの考え方が、アドラー心理学全体を貫く基本的な視点となっています。
本能だけではない人間の行動:「社会的存在」としての目的意識
生物学的に見ると、すべての生き物は生存を目指して行動します。
空腹を満たすために食物を探し、危険から身を守るために逃げる。これらは生存本能による自然な行動です。
しかしアドラーは、人間が他の動物と決定的に異なる点に注目しました。
それは、私たちが「社会的な存在」であるということです。
人間は一人では生きていけず、家族、地域、社会、国家といった集団に属し、協力しながら生存と繁栄を図ってきました。
このため、単なる生存本能以上に、「社会に受け入れられること」が重要な目的となったのです。
孤立は精神的にも物理的にも大きなリスクをもたらすため、人は本能的に「仲間とつながりたい」「社会に認められたい」という欲求を持つようになりました。
この視点から見ると、私たちの日常のあらゆる行動にも、「所属」や「貢献」という社会的な目的が隠されていることがわかります。
仮想的な理想像:「なりたい自分」に向かって行動する
アドラー心理学では、人は無意識のうちに「こうありたい」という理想像(仮想的な目標)を設定し、そこに向かって行動すると考えます。
たとえば、
- 「周囲から好かれる人間でありたい」
- 「尊敬される有能な人でありたい」
- 「誰にも依存しない強い存在でありたい」
といった目標が挙げられます。
これらの目標は、必ずしも本人が明確に意識しているとは限りません。
むしろ、深層心理に根付いた「仮想的な自己像」として、私たちの行動を無意識に導いていることが多いのです。
行動は単なる過去の結果ではなく、未来に向かう意図の表現なのです。
具体例で理解する目的論:なぜ私はそう行動したのか?
たとえば、人前で話すのが苦手な人を考えてみましょう。
一般的な原因論では、「過去に人前で恥をかいた経験がある」「性格的に内向的だから」と説明されがちです。
しかし、目的論的視点に立つと、次のように考えます。
この人は「完璧でいたい」「失敗して恥をかきたくない」という未来の目標を持っており、
その目標を守るために「人前に立たない」という行動を選択しているのだと。
つまり、「過去のせい」ではなく、「未来のため」に、今の行動を取っているということです。
この見方をすれば、私たちは単なる被害者ではなく、自らの未来を目指して主体的に生きている存在だと理解できます。
カウンセリングにおける目的論の活用
心理療法やカウンセリングの場面でも、目的論の視点は非常に役立ちます。
たとえば、クライアントが「どうしても会社に行きたくない」と訴えたとき、
単に過去の上司とのトラブルや失敗経験だけを掘り下げても、根本的な解決には至らないことが多いでしょう。
目的論の視点を取り入れると、次のように問いかけることができます。
- 「会社に行かないことで、何を守ろうとしているのか?」
- 「本当はどんな環境で、どう働きたいと思っているのか?」
こうした問いを通じて、クライアント自身も気づいていなかった「本当の願い」や「目標」が明らかになり、
より効果的な問題解決へと導くことができるのです。
まとめ:目的論が教えてくれるもの
アドラー心理学の目的論は、私たちの行動を単なる「過去の結果」として見るのではなく、
「未来に向かう意志の表現」として理解するための強力な枠組みです。
この視点を持つことで、自分自身の行動も、他者の行動も、より温かく、希望を持って捉えることができるでしょう。
人は過去に縛られる存在ではありません。
常に「なりたい自分」を目指し、未来に向かって歩み続ける存在なのです。
次章では、アドラー心理学の中核をなす「社会統合論」について、さらに詳しく探っていきます。
※本記事で使用されている画像は、すべてミッドジャーニー(Midjourney)で生成されたイメージです。